木を切ることは、森を守ること。
ときがわの山を一族で支え続けて
「今からそっちの方向に木を倒しますので、気をつけて」
バキバキバキ、ズシーン。
静謐を湛える山に大きな音が響き渡ります。大木は、声の主の指し示す方向へまっすぐ倒れていきます。
木を切り倒したのは、松村木材の松村至さん。18歳のときから40年以上にわたって伐採業と製材業に携わっており、2011年には国土緑化推進機構から「森の名手・名人」(森づくり部門・林業)に認定されたエキスパートです。
「伐採の師匠は父です。見様見真似で勉強して、自分の思うとおりに木を切れるようになるまで10年かかりました」
松村さんは伐採したスギやヒノキをご自身で製材し、おもに建築資材として出荷しています。近年は、輪切りにしたヒノキをインテリア素材として使うなど、新たな用途も増えているといいます。
「ときがわ町には豊富な森林資源、状態の良い木が多くあります。これは、私の祖父がやっていた枝打ちのおかげです。孫である私がその木を切る時期に生きている。そこに幸せを感じますね」
松村さんのおじいさんは、枝打ちを専門とする林業家だったそう。枝打ちは、下枝や枯れ枝を切り落とすことで、節のない良い丸太を得るために不可欠の作業。そうして環境を整えた山で、お父様から継承した技術を用いて木を伐採する――。50年、100年と続く林業のサイクルを、代々にわたって支え続けていると言えそうです。
さらに、松村さんの息子の剛さんは、町内の造作家具メーカー「ツーワン」に勤務し、松村さんの伐採した木で家具を制作しています。一家でときがわの林業を支え、森林資源の循環利用に貢献しているといえるでしょう。
枝まで使い切るのは、植林した人への敬意
伐採をするにあたって大切なのは、木を見立てる力です。松村さんはときがわの山々を知り尽くしており、「どこにどんな木が生えているのか、ここにデータが全部入っています」と、自分の頭を指さします。
「スギやヒノキといった木の種類だけではなく、大きさ、質感、形状までチェックしています。だから、注文で『こういう木が欲しい』と言われたとき、すぐにピンときて対応できるんです」
ときがわの山々の土壌は木の生育に適しており、良質な木材が採れることで知られていますが、エリアによって材質に多少の差異があります。松村さんの頭の中には生育の分布図がしっかりと刻み込まれているため、オーダーに合わせて木を見立て、伐採することができるのです。
セレクトショップのように、良質な木のみを伐採して製材する松村さん。製材をするにあたっては、常に木を無駄なく使うよう心がけています。
「たとえば、ヒノキの枝は板の抜け節の節埋めに使えますし、スギの頭の部分は根太にできます。余すことなく使わないと、その木を植えた人に申し訳ない。葉っぱ以外は一本すべてを無駄にせず使い切ります」
サステナビリティ(持続可能性)が謳われる昨今。フードロスを削減するために食材を使い切ることの大切さが徐々に浸透し始めていますが、松村さんの木に対する思いも相通じるものがあるかもしれません。
若い担い手に伐採の技術を伝えたい
ここであらためて伐採について考えてみましょう。
伐採を森林面積減少の原因と直結して考える向きもあるかもしれませんが、それは開発のために行われる大規模な皆伐のこと。松村さんが行っている伐採は、良い森林を保つために必要な仕事です。
一般的に、成熟した木は二酸化炭素の吸収率が低下すると言われています。そのため、間伐と並行して、ある程度まで成長した木を伐採して利用し、森林を若返らせることが大切なのです。
松村さんは今後、「ときがわで伐採業を担ってくれる若手の育成が必要になってくるでしょう」と、話します。
「これまでは自分の知識や技術を人に教えることはあまりしていなかったけど、ぼつぼつ次の世代に伝えていければと思っています。私自身、怪我と病気をしなければ、あと10年くらいは現役でいけるかな」
そういってほほ笑む松村さん。
時々、松村さんの伐採見学会も行われているとのこと。
ぜひ、その職人技から、木や森の大切さを感じてみてはいかがでしょうか?