ときがわ発・
次世代の
組子のかたち
肩書は「組子屋出身の建具屋」
若い世代では、「建具」をご存知ない方もいるかもしれません。
建具とは、家屋に設けられた開閉機能を持つ間仕切りのことで、戸や襖、障子などを指します。
日本家屋における建具は、空間を区切るほかに、光や風の量を調節するといった役割を果たします。その材料として長らく使われてきたのは、調湿効果を持つ木材です。
木材産業の盛んなときがわ町は、はるか昔から木工建具の里としても栄えてきました。
言い伝えによれば、約1300年前、都幾山慈光寺を建立する際に全国から集った工匠が、建立後もそのまま住み着いたことで技術が根付いたようです。
そんな地に先祖代々暮らし、建具職人として身を立てているのが、栗原木工所の栗原哲也さんです。栗原さんは、多くの名匠を輩出している組子の名門で6年の修業を積んだ後に帰郷し、父親から木工所を託されました。
「自分がお世話になった修業先は、江戸幕府の御用職人の末裔だったそうで。高校を出てすぐに弟子入りして、基礎から組子の技術を学びました」
組子とは、建具や欄間に組み込まれた幾何学模様の伝統意匠のこと。釘を使わず木を組み上げる精緻な技術を要します。栗原さんは自身を「組子屋出身の建具屋」と称し、建具から家具に至るまで、さまざまなプロダクトを意欲的に制作しています。
組子細工と樹脂をコラボさせてみた
栗原さんが近年取り組み始めたユニークなプロダクトの一つに、組子細工とクリスタルレジン(樹脂)をコラボレーションさせた「ウッドレジン」があります。樹脂は本来無色透明ですが、着色して華やかさを演出。組子の繊細さと相まって、インテリアとしても空間を華やかにします。
さらに、テーブル、ティッシュケース、スタンド、プレートとこれまでに制作したアイテムは、幅広いラインナップ。SNSで公開すると瞬く間に人気となり、ネットショップでの売れ行きも好調です。また、有名ラグジュアリーホテルが開催するワークショップ用にも材料セットを卸しているといいます。
昔の格式ある日本家屋には、大抵組子細工があしらわれていました。しかし、現在の主流は洋風建築。新しく日本家屋を建てるにしても、組子を注文する人の数はだいぶ減っているようです。
栗原さんは、伝統工芸を新たな形で展開することで、その価値を再認識してほしいのではないか――。そんな憶測をもとに質問してみると、ご本人はいたって飄々としています。
「自分はさ、新しいものが好きと言う訳でもないけど今回のこのウッドレジンには我ながら衝撃を受けたね!アイデアが思い浮かんだらすぐ作りたくなるし、作品が完成するとインスタにバンバン写真を上げちゃう」
その掴みどころのない人柄は、職人というより、まるでアーティストのようです。
木の良し悪しは、一目見れば判る。
栗原さんの木工所で使っている木材は、基本的に全てときがわ産材。古くからお付き合いのある地元の材木屋さんから原木丸太を仕入れて製材し自社で乾燥工程を管理し自然乾燥しています。
「長年の信頼関係があるから、良い木が出た時には必ず回してくれるね。どこかでヒノキを切ったけどうちに話がなかった時は、回すに値する良い木がなかったってことらしい」
何を持って良い木とするのかは用途によって差がありますが、栗原さんは「詳しく言えば切りがないけど、自分のワガママで、ある条件を満たしていないとダメなんだ」と話します。組子や建具向きの木材があるということなのでしょう。
ところで、木の良し悪しはどの段階で判断するのでしょうか。実際に使ってみないと判らないもの?
「それじゃあしょうがないよね。プロの料理人が魚や野菜の食材を一目見れば善し悪しが分かるだろうし、何の料理作ったら一番美味しいか瞬時に判るはず。それと一緒だよ」
熟練の職人だからこそ口にできる言葉。ちなみに、道具についての意識も高く、「それ触れないでね、自分にしかわからない微妙な変化があるんだ」とその世界の深さを示します。
そんな栗原さんに、今後の展望について伺ってみました。
「正直言うと、特に考えてないんだよね。あんまり考えると窮屈になってしまうし漠然とした方向性だけでいいんじゃないかな? って思ってます。自分ができることは作ることだけだから、それを一所懸命やるだけ。一つ言えるとするなら、ウッドレジンがうまくいけばそこに携わる人も増えるだろうから、少しは広まるといいかな。特に若い世代の人にね」
独創性に富んだ建具の改革者は、キラキラとした少年のような眼をして言いました。